スピードカード(規則対象外)

今日スピードカードをやってみた。
これで検証したいのは、スピードカードみたいに変換を固定した場合、対文章式記憶術はどれだけ記憶スピードを速められるのか?です。
もし仮にスピードを速められないならば、ちょっと対文章式記憶術を見直す必要性があるからです。
で、変換方法は、
スペードはパーツ番号1、クローバーは2、ダイヤは3、ハートは4です。
それで、A、2、3・・・12(Q)、13(K)はそれぞれ5、6、7、・・・16、17or18です。
注意してほしいのは、13(K)=17or18ということです。

今日やった限りだと、10分で時間を区切ったんですけど、20枚ぐらいおぼえれました。
まあ内容はミスを6個ぐらいしていましたけど。。。
あと、順序を元々対文章式記憶術は覚えれないので、なかなか難しかったです。
順序をちゃんと覚えれるようにできれば、もっと楽になるんでしょう。

コマ割り型パーツの無能さ(小説版)

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昔々、そのまた昔、ボブ氏とシモニデス先生という記憶術の開発に身を捧げたヲタク達がおったそうな・・・。

シモニデス先生「拙者、切腹するでそうろう」
ボブ「何言っている!?こんな所で切腹するなんて、辞めてくれ!」
シモニデス先生「止めても無駄じゃ!切腹するでそうろう!」
ボブ「いや!切腹するのはいいけど、床が汚れるでそうろう!」
シモニデス先生「(´;ω;`)えっ?」
ボブ「切腹するのはいいけどね。。。場所をちゃんと選べや!」
シモニデス先生「オラはもっと、もっと、どうしたの?とか、そういう声かけをしてほしかったんですじゃ」
ボブ「ちっ!どうしたんですか?」

シモニデス先生「前喜んでいたことがぬか喜びに終わったのですー」
ボブ「あー、、、あれ?あんま期待してなかった。大丈夫みんな期待してないから」
シモニデス先生「(´;ω;`)。あれってパーツをコマ割りの形にするヤツだよー?みんな相当期待したよねー?だって、あれができれば少数のパーツで、複雑な情報を覚えることができるんだよー?」
ボブ「うん!無理だと思った!」
シモニデス先生「何が無理か聞かないの?」
ボブ「(・∀・)ウン!!」
シモニデス先生「・・・。いちおう聞きたい人もいるんで、聞こうよ。。。
イッキマース!!
ダメだった理由。
単純に他のストーリー法などを使った場合との効果を比較した場合、明らかにストーリー法を使った方が手っ取り早いから。
次に何のメリットもない。もう一度言います。何のメリットもなかった。
例えば対文章式記憶術のパーツ化は想起する際に、形だけで想起が完了できるというメリットを作り上げていた。
でもコマ割りに書いた情報というのは、想起する際、普通の記憶術と同じぐらいの想起効率だった。
そのためパーツにしてしまうと、むしろ想起効率を下げてしまう。。
ということだったんですー」

ボブ「想起効率をわざわざ犠牲にしてまで、パーツに張り付けることはできないということかー。まあ、完全に対文章式記憶術の特性潰しになっているね!?」
シモニデス先生「オーマイガー!」

対象の極大と極小

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実際理想的な記憶術に使える場や空間などは、一つの場や空間に大量の情報を置くことができるものだと思います。

さらにこれに加えて、記憶術で生み出したイメージと、そのイメージを置く場所や空間が“似つかわしい”ことだろう。
似つかわしいと言ったが、これはドーナツであれば、そのイメージを置く場所はドーナツ屋であればより強固に思い出せるということです。

これを実現するために、今日考えたのは、自己介在性とも言える自分を基準としたモノや場所の広さや大きさの固定した観念をどう崩すかです。

一つ実験したのですが、自室に実家の外観をミニチュアのように再現した場合、この場合実家の大きさに影響されて自室が広く見えるのか?
それとも、自室の大きさに影響されて実家が小さく見えるのか?
を考えました。

結果は自室の大きさに影響されて実家が小さく見えるということでした。
この結果が示すのはたぶんミニチュアのようなものは想定できるが、大きなジオラマは想定できないということだと思いました。

他にも自己を基準としているので、自己の大きさを変化させないと意味がないというものです。
ここで自分の視点を極限まで低くするとオモシロイことが起きます。
それはさっきまでミニチュアのように見えていた実家が、本来的なイメージになり、自室が巨大ジオラマ化するということです。

でも結局自室を巨大ジオラマ化を安定させるには、この低い視点で周辺を散策してイメージを安定させる必要がありました。

ここでいくら巨大ジオラマ化できるって言っても限界の巨大さみたいなものが存在しているのもわかりました。
たぶんイメージでは再現できない部分が多くなるからだと思います。
この曖昧性ももしかしたら上手く使えるかもしれませんけどね。

マンガの効能

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旅人の日記では、マンガをジャーニー法の場所の代わり使っていた?(という解釈でいいのかな?)のですが、ボブが考えるのは、場所さえも描いて、自分で作り、そこに自分で作ったイメージも登場させようと考えています。
つまりボブは全てを自作してオリジナルのマンガを作成し、それを使って記憶力を上昇させようと考えました。

検証しまくっているんですけど、まずやっぱり完璧に四角い平面に書かれた絵だけでは難しい。
あと、2Dにこだわる必要性はなく、3D的なイメージも一部作り出すことが上手くいくコツのようです。
さらに場所なのですが、コマごとに場所を変えると混乱するみたいです。
たぶん情報の増加にカウントされるのでしょう。
場所はどうやら、一つの空間を思い出し、一つの空間に覚えたいことを配置する。
つまり、一つの空間というのが、情報の減少に関わっているようです。
そのせいか、マンガのようにコマ割りごとに全て別空間だと、思い出すのが厄介になるようです。
最後にどうやら左脳は、イメージをマンガのような線の絵にすると負荷がかかるらしいということです。
これは後天的サヴァン症候群の画家の方が全ての映像が線で見えるということと、マンガ化をしていたら、左脳が痛くなったことが根拠になると思います。

以上が今日のブログでした。
シーユーアゲイン!