規則的情報変化は成功したのか?

規則的情報変化とは対文章式記憶術に昨今導入した技術です。
この規則的情報変化によって起きるメリットは、パーツを使用していくにあたり同じパーツを使っても、干渉が起きにくくなることです。
今までの対文章式記憶術では同じパーツを使っていくと、ドンドン干渉が起きやすくなり、最終的に記憶しにくくなるという現象が起きていました。
この現象に対抗する仕組みが今回の規則的情報変化です。

これができることによる副産物で、その単語が何回出現したか、ということとその何回目の単語が使われている文章はどういうものか、ということがわかるようになるという現象が存在します。
これができると出現回数がわかるので、その回数の近いもの同士でグループ化できます。

そうなってくると、関連付け方が大きく変わるように思います。
つまり出現回数が1、2、3回目のパーツでグループを作ります。
このグループの2回目が所属しているパーツをまとめてリンゴに見立てたイメージが存在しているとします。
このとき、出現回数4回目の上述の同パーツが所属していてまとめたミカンに見立てたイメージが存在しているとしましょう。
これは「リンゴがミカンを蹴っている」というような行為による関連付けをしたとします。
するとこの関連性というのはかなり複雑な関連性となります。
このような複雑な関連性にボブはかなりの可能性を感じています。

しかしながらこれは規則的情報変化が上手くいっている場合に行われることです
果たして規則的情報変化は上手く行っているのでしょうか?
今回はその話です。

ボブが思うに規則的情報変化は情報の増加を誘発するもので、情報の総量を覚えにくくなるものと今のところ捉えています。
と言ってもボブのやり方だとそうなってしまうだけかもしれません。
なので、ボブのやり方も載せておきます。

これは対文章式記憶術を使用することを前提に話を進めています。
まず最初の1回目はパーツに何もしません。
パーツを原型のまま使用します。
なぜなら1回目のパーツは、他の同パーツと区別する必要がないからです。
2回目は横から切り込みを入れるなどのイメージをパーツに施します
3回目は斜めから切り込みを入れるなどします。
4回目は縦から切り込みなどをします。
5回目横から丸みを帯びた加工をパーツに施します。
6回目は斜めから丸みを帯びた加工をします。
7回目は縦から丸みを帯びた加工をします。
8回目は横にとがりなどを入れます。
9回目は斜めにとがりなどを入れます。
10回目は縦からとがりなどを入れます。
11回目はどこかに穴を開けます。
12回目は穴+2回目の加工
13回目は穴+3回目の加工


というように1回目だけ特別で後は2~11回目の加工を順番に組み合わせいくだけです。

とりあえずこの方法だと情報の総量が覚えにくくなりました。

複雑なシナプス的関連付け

関連付け方には様々な様態があり、いまだに全ての関連付け方というのは解明されていないとボブは思っている。
しかし対文章式記憶術のように「組み合わせる」というような関連付け方が発明されると、記憶術はより独特なものになるとボブは経験的に思っている。
そして今回はシナプスの結合のような関連付け方を説明する。
ちなみにここで紹介する方法は普通の記憶術でもできる。

普通の記憶術で使われている行為による関連付けがある。
例えば「リンゴがミカンを蹴った」というようなイメージで、言葉で表すならば「AがBにXという行為をした」という形で表せるものがほとんどだろうと思われる。

この行為による関連付けは実はある特徴を持つ。
それは1対1対応とデジシステムという会社の牛山という方が提唱した概念で説明できる。
1対1対応というのは、上述の関連付け方もそうなのだが、英語でいうところの一語一義に似ている。
某本では単語カードなどによって覚えるのに適した形として1対1対応しているものがいいとされていた。
ようするに単語カードの表に一個情報を書き、裏に一個情報を書くこと。
このとき表に情報を一個書いたのに、裏に2個以上の情報を書くと復習の際効率が落ちるとのことだった。

この1対1対応は実はイメージ記憶の行為による関連付けにも起きる。
(これは自己研究でサンプル数1)
えっ!?と思われた方もいるのではないだろうか。
イメージ記憶だったら、1対多対応でもできるからだ。
その仕組みこそが今回のテーマとなる。

実は「リンゴ全体でミカンに体当たりした」というようなイメージだと1対1対応が発生する。
それに対して「リンゴの底でミカンを押しつぶした」というようなイメージだと1対多対応できる。

この差は何なのか?
これはイメージの特徴を分割して使っているか?
それとも全体のイメージの特徴を使っているか?による。

これは想起のシステムと深い関わりがある。
想起するにあたり想起したいイメージの特徴を検索して人間は想起している。
そこでモノのイメージの全体の特徴を使って、同じように関連付けたモノのイメージが3個以上あると干渉を起こすようだ。
つまり「リンゴ全体でナシを押した」と「リンゴ全体でパイナップル投げた」というようにイメージすると、リンゴ全体から想起した場合、イメージが被ってしまい、上手く想起できないかもしれない。

これに対してイメージの特徴を分割した場合、例えば「リンゴの皮でメロンを巻いた」と「リンゴの枝部分でバナナを刺した」みたいなイメージにしたとする。
するとリンゴで検索した場合に、一つは「リンゴの皮」だった、もう一つは「リンゴの枝」だったというように検索するとき、別々の特徴として検索することができるようになり、一対多対応が実現する。

この方法を使ってシナプスのような複雑な関連付け方ができるのではないか。

超検索能力を獲得する術(すべ)

前の方のブログでパーツを場所に使って、場所巡りならぬパーツ巡りをし、大量の情報の復習を高速で終わらせられる可能性があることを述べた。
今回はその後その実験がどうなったか?からその後の発展を述べることにする。

パーツ巡りとは対文章式記憶術のパーツを組み合わせ、それを何らかのイメージに見立てることから始まる。
復習の際、その見立てたイメージをパーツに分解して、パーツを巡る。
このパーツを巡る作業が実に高速でできることから、この高速さを使って、場所巡りのようなことができないのか?というアイデアから出発している。
普通場所巡り、つまり場所をたどってく作業を高速でするには、ある程度の熟練が必要ですぐにできるようなことではないらしい。
そこで初心者でも高速にたどれるパーツを巡るという作業がピックアップされた。

普通、イメージは他とのイメージの大きさのバランスを無意識にとってしまうので、モノのイメージを場所のように使うのは難しい。
しかしパーツ自体には大きさの決まりがないので、これを場所として利用しても大丈夫だと考えている。

そしてパーツを場所のようにモノのイメージを置いて使ってみた。
結果はパーツにモノのイメージを置いてもいちおう効果があった。
またパーツ巡りの効果もそれなりに安定して働いた。

ここからが今日の話。

一日経ってパーツ巡りをしたら、全てではないにしろモノのイメージが消えていた。
さらに二日経って、そのモノのイメージも対文章式記憶術でパーツを組み合わせて、見立てたイメージだったので、ちゃんと文章に戻せるかを実験してみた。
(なぜ一日経ったときに、文章に戻せるのかしなかったのかは謎。ボブの脳みそがバグってた)
すると、これも全てではないにしろ壊滅していた。
これが普通の記憶術でも同じくらいの忘却なのか、これを知るすべがないので次回からは対文章式記憶術で作ったイメージに加えて、普通の記憶術で作ったイメージで場所に置いたものを用意しておこうと思った。

それはそうとして、パーツを場所に使う際に困ったことが起きることを再認識した。

それはパーツを場所に使うと、同じ形がいっぱい出た場合に干渉を避けることができないことだ。
いくら見立てたイメージであって、色や質感が違うイメージを作ったとしても、大枠の形が同じだと干渉は不可避だと思われる。

そのためパーツにちょっとした細工をする必要があることがわかった。
それがパーツの変化を規則的に与えるというものだ。
例えば色を規則的に変化させ、同じパーツ一個一個を識別できるようにすることなどがこれにあたる。
だが色のみの変化で果たして干渉を防ぐことができるのか?
また対文章式記憶術のパーツでは見立てることをするので、色だと見立てた際に全然反映されないイメージをする可能性があるし、だからといって色に配慮した見立てなどしたらプロトタイプのイメージとほど遠くなり想起が困難になる。
その点から考えるに規則的変化に色を使うのは難しい。

ここでボブはサヴァン症候群などの超人的な人の話を思い出した。
彼らの中には、特定の単語がこの文章中に何回出たか、またその特定の単語が出た文章を検索して来て想起できる能力がある人がいるらしい。
それと今のボブの悩みの解決策が一致していることに気づいた。
今までどうやってこの能力ができるのか?という視点から考えていたが、本当はこの能力がなぜ「必要」だったのか?を問う問い方があることに気づいた。
つまりこの能力を持つ人々は、この能力を意図して持とうとしたわけではなく、必要だったから持って「しまった」と考える方が整合性が高いことに気づいた。

これはようするに文章を覚える上で、同一情報を使い回すと必ず干渉が起きる。
だから同一情報だけど違う情報だと認識させる必要があった。
しかし常に全く違う情報にするのは難しい。
そこで“規則的に”変化させた情報を用意するに至った、とボブは解釈した。
規則的だからこそその語の登場回数がわかる。

またこれらのことから、完全に違うイメージを使っているとも考えにくい。
イメージが規則的に変わっているとは言え、全く違うイメージであればそのイメージが表す意味内容を想起できない可能性が高まる。
その点から考えれば、特定の単語を表す“基礎となるイメージ”とそれらに変化を与える“規則的な情報変化”があると考えた方が理屈が通る。

この上述の理由で彼らは語の出現回数やその語が使われている文章の検索が容易にできるのではないか?
これがボブが考えている出現回数およびその語が使われる文章の検索ができる理由。

順を追ってこのボブのモデルをまとめると、
まず単語の記銘の際、単語に対応した①基礎イメージを思い出す。
②その語の出現回数からその単語を表す基礎イメージに何らかの規則的な変化を与える。
③それを繰り返し、場所法なんなりで覚えておく。
想起の際は何を問われるかによるので、例えば「ある語の5回目はどういう文章だったか?」と問われたとする。
すると④その語の基礎イメージを思い出す。
⑤その語の5回目の変化したイメージを思い出す。
⑥その変化によって特定された語の周辺情報を思い出す。

このようにして、語の出現回数および語の使われている文章を思い出せるのではないか?と考えた。

ちなみにこの規則的情報変化がかなり難しい問題なので、今のボブにはその解決策を提示することはできない。
なので、日々工夫してみている。

場所法初心者が熟練者並みに

場所法熟練者のスゴイところは、猛スピードで場所をたどれるところだろう。
これはかなり訓練しないとできないらしい。
ちなみにボブはできない。
まあガムシャラに場所の中を通り過ぎることはできる。
でも場所の中のポイントポイントで場面を猛スピードで切り替えことはできない。

ボブは場所法熟練者のように場所法を極めて、猛スピードで駆け抜けるのは正直メンドクサイ。
そこで場所法初心者にして場所法熟練者のように、猛スピードで場面を切り替えることがしたい!
そんな方法果たしてあるのか?

あるよ。。。

ボブが目を付けたのは、対文章式記憶術のまとめたパーツ。
対文章式記憶術を使っていればわかるだろうけど、まとめたパーツを見立ててから、パーツ一個一個をフォーカスして観るスピードはかなり速い。
これは初めからそうだから、熟練すれば本当に神速になるだろうことが予想される。
この初めから高速のパーツ巡りを利用する。

ボブは試験的に対文章式記憶術で冒頭一文、4~6単語ぐらいをパーツに変換し、それをまとめ、見立てた。
ここまでは普通の対文章式記憶術の運用だ。
そしてその冒頭の一文でできたパーツを巨大化し、文の単語の順にその冒頭一文後の文章のイメージを置いていった。
これは対文章式記憶術のパーツがそもそも大きさが不明なパーツであるからできたことだろう。
大きさがわからないから巨大化しても、脳みそが大きさを拒否することができないのではないかと考えている。
またこのときの冒頭一文後の文章のイメージも当然対文章式記憶術で単語をパーツにし、まとめ、見立てたイメージだ。

こうして一つの巨大化したイメージの各所にまたそれよりも小さいイメージが貼り付いたイメージを作った。
そしてこれが場所法熟練者の場所巡りによって強制的に、その場所に置いたイメージが想起される現象と同じことが起きるか確認した。
結果はどうやらパーツを高速でパーツ巡りしても、場所巡りと同じような現象が起きることが確認された。

確認されたが、これがさらに便利かは別問題なので、引き続き利用してみて便利かどうかの判断をする。

これがボブ流の場所法初心者が場所法熟練者並みに猛スピードでイメージを巡る手段だ。

それにしても場所を思い出すだけで、そこに付随してくるモノのイメージまで想起されるのはボブには実に不思議な現象だ。
この場所を思い出すことで付随して想起される現象をボブは今のところ、背景がモノのイメージによって削られるため、という説と場所とモノのイメージが結合して連続的になるからでは、という説を持っている。
これは昔、雲がある空の中、つまり空中にモノのイメージを置くという実験をして、雲をバックにしてモノのイメージによって雲が削られた場合、いくらか記憶に残りやすくなる、という実験から背景の方の説は支持されている。

と言っても今はそれだけだが。。。

場所法熟練者を考察し、新たに記憶術に応用(できるかも?)

高IQの人が場所法を熟練しやすい理由。
高IQの人はどうやら類推などの能力があるようだ。
そのためか、高IQの人はかなり飽きっぽいようでもある。

なぜ類推などの能力が、飽きっぽさにつながるか?というと、全てのことが“類似”しているように見えるからだとボブは考える。
ボブはここで類推能力というより、類似探索能力の方をピックアップしたい。
たぶんこの能力は類推と深い関わりがあるし、類推よりは簡単だと思われる。

この類似探索能力がたぶん高IQの人の熟練しやすい理由なのではないか、と仮説っている。

場所法熟練者は物語法と深い関わりがある説
場所法熟練者はその場所に置く、という単純な行為によりイメージを定着できるらしい。
しかしボブはこの置くという行為に、物語法的性質が存在しているのではないか、と仮説っている。
メモリースポーツのアスリートたちが述べていることでボブが興味深かったのは、場所法の場所とモノのイメージの捉え方だった。
メモリーアスリートがいうには、場所を順々にイメージしながら、順々にモノのイメージを観ていくだけらしい。
ニュアンスから、置くというより同時並列的に場所とモノのイメージを観ているぽい感じがした。
そして想起の際は場所を想起し、そのとき観ていたモノのイメージを思い出す感じとのことだ。

もはや置いてさえいないのか?!と思った。

このことからどうも場所と関連付けている、というよりはまさに順番に場所とモノのイメージを観ている私の自伝的物語を作り出し、想起しているようにボブは思った。
自伝的物語法は、ボブにとっても意味のわからないもの。

物語法自体に効果があるのは記憶術を使ったことがある人ならばだいたいわかるだろう。
だが、なぜ日常ではこの物語法のような効果が起きないのか?がわからない。
ようするに物語法には効果があるが、人生という物語にはどうしてこうも物語法と同様の効果がないのか?ということ。
もし仮に日常でも物語法と同様の効果を得られた場合、かなりその影響は大きいものだろう。

ここで場所法熟練者はきっと場所法を使う際にこの自伝的物語法なるものを開眼しているのではないか、とボブは疑っている。
その理由は先ほど言ったように、場所法がもはや場所法じゃないからだ。

場所法と対文章式記憶術パーツの共通点と相違点
場所法がなぜ速く想起できるようになるのか?というのは対文章式記憶術パーツのイメージがなぜ速く想起できるのか?という点と似ている。
何が似ているか、というと場所法も対文章式記憶術パーツも連続性を持っている。
連続性とは次に何が来るか?ということが前のイメージの状態から即座に連想できるということ。

でも相違点もある。
対文章式記憶術パーツでは全体が全てわかっている。
しかし場所では部分的な範囲でしか様子がわからない。
様子がわからない所は、移動していくことで連続性から思い出される。
だが、このときでさえ場所の全てを頭に思い浮かべているわけではない。
そういう違いがある。

次のイメージがわかるということ

対文章式記憶術では高速でパーツを思い出すという現象がよく見受けられる。
これはボブ的には復習コンセプトの出来損ないなのだが、どうやらそれができるのは場所法の熟練者でないとできないようなのだ。
ここでボブは思った。
この熟練者よりは遅いであろうが、初心者でもそれなりのスピードで想起できる原因と場所法の熟練者がみせるイメージの想起スピードは実は同じ原因かもしれないのではないだろうかと仮説を立てた。

その仮説のもといったん考えてみた。

対文章式記憶術では高速でパーツを思い出せるのは、そもそも全体図というのが見えているからだ。
全体図とはこの場合はパーツをまとめて一つのイメージしたときに現れる、その一つのイメージだ。
これに則って次のイメージが何かを判断している。
つまり次来るであろうイメージが、すぐにわかるから高速で想起できる。

場所法熟練者も同じことをしているという前提なので、この考えによればやはり場所法を使っていると全体図となるイメージが頭の中に存在している、ということになる。
だから次に来るイメージがわかるのだ、としたいところだがたぶん前提がやはり少し違う気がする。
対文章式記憶術で高速でパーツを思い出せる場合と場所法熟練者が高速でイメージを思い出せる場合とではやはり少し違うのではないだろうか。

そう考えても対文章式記憶術で高速でパーツを想起する場合と場所法熟練者が高速でイメージを思い出せる場合とで共通点はあると考えている。
それは“次に来るイメージがわかる”ということだ。

対文章式記憶術の場合はもはやそうだが、場所法熟練者も場所というものが無意識でも高速で思い出せる状態を作り出している。
これは次に来る場所がわかるということではないだろうか。
そのため高速で思い出せるようになるのではないだろうか。

そう考えると対文章式記憶術でも同じようなことをすればまだまだ高速化できる気がする。
反対に対文章式記憶術の全体図というのを普通の記憶術に導入すれば、初心者でも高速にイメージを観て回ることができる気がする。

そしてこれは余談だが、場所法を熟練するのが速い人はモノと場所を概観しているのではないか、とも思った。
つまりモノと場所をより記号化した情報として捉え、それこそ概要のみを抽出した形で捉えているのではないか。
そうすることで、より速く簡単にパターン化して熟達しやすい形にしているのではないか、そう思った。
本当かウソかは結局やっていみないとわからないが。。。

対文章式記憶術の光と闇

対文章式記憶術を使っているとなぜこんなこともできない、、、と思ってしまう点などが多々あるので、対文章式記憶術ってー何か便利そうだから、やってみたいっていう方は必ずこの記事を読んでほしい。
作成者であるボブをも悩ませる対文章式記憶術の闇の部分を最初に述べたいと思う。
対文章式記憶術はいちおう働く記憶術ではある。
が、ぶっちゃけまだまだ全然普通の記憶術を上回る成果を出していない。

このサイトトップページにもあるようにメリットとデメリットを紹介しているが、あれとはまた別にスゲー困っていることを述べる。

対文章式記憶術の闇
①資格試験などであれば理解したイメージをそのまま場所に貼り付ける方が効率的
②イメージをまとめることができるが、まとめたからといって短期記憶の負荷が軽くなるわけではない
③プロセスが長すぎて普通の記憶術の方が速いのではないか、と思う場面が多々ある
④想起時にまとめたイメージを観るだけで全ての想起が終わるとは考えにくい

この4つはかなり「えーっ!?」て思うことだと思う。
対文章式記憶術の根幹をなしているコンセプトを破壊しているから。

①は大量の文章の情報があるときに、理解したイメージを作って場所法を使って場所に貼り付けた方が効率的にかつ情報量が少なくイメージできる場合がある。
ただしその資格試験で問われ方にもこれはよります。
例えば一語一句同じであることを求められるような試験では、理解したイメージでは足りません。
理解したイメージでは語とイメージの対応が必ずしも1対1ではなかったり、そもそも語とイメージの対応がないような抽象的語であったりするから。
他にも語とイメージを対応関係で結ばれていても、そのイメージを観る順序などが思い出せない場合がある。

しかしほとんどの資格試験で理解したイメージで足りる場合が多く、その場合は理解したイメージを場所に貼り付ける方が明らかに速い。

②は短期記憶の容量の話をする。
短期記憶の容量は単語と数字で差がある。
単語であれば3つ程度、数字であれば7つ程度を記憶できる。
パーツであればボブの感覚では3~5個というところ。
ここで問題になるのはまとめて見立てるまでしたイメージがどのような扱いを受けるか?というところ。
例えば5つのパーツを組み合わせて、見立ててリンゴのイメージにした場合、このイメージは果たして5つのイメージと数えるのか?それとも1つのイメージと数えるのか?という問題。
答えをいうと6つのイメージとして数えられる。
その内訳はパーツのイメージ5個と見立てたイメージ1個。

つまり見立てたイメージだけの短期記憶容量の負荷ではなく、パーツ一つ一つの負荷プラス見立てたイメージの短期記憶の容量への負荷となる。
これは大問題で、5つまでで短期記憶の容量が限界なのにもう一個入ってしまうことになる。
当然始めパーツが記憶から抜ける。
しかもパーツ一つが抜けるだけで、見立てたイメージも消えるという特性がある。
そのため見立てたイメージが不安定になる。

③はともかくこれらに打ち勝たんとするために多くの工夫を必要とすることとなった。
そうするとプロセスがドンドン長くなっていった。
今完全に①や②を超えるために新しい工夫をちゃんとやっていくと、プロセスは簡単に10工程を超える。
普通の記憶術が大雑把にいうと2工程くらいなのに、10工程を超えるってどういうこと!?てなる。
そのためこのような工程数をドンドン多くするような工夫は今のところ使っていない。

④は特に重大な問題(重大な問題以外取り上げていないが)でそもそもコンセプトが一回の想起で多数の情報を復習した状態にするということだった。
なのに、実際はそれは完全にできない、、とは言わないのだが、全てのイメージができるわけではないというのがボブの通説。
できないイメージに関してはまとめた意味があまりない気がするし、時間の無駄だったようにも思ってしまう。
パッと一回で思いつくというよりも、一個一個のパーツを頭で少しピントを合わせてイメージしていくような感じに近い。
記憶術の達人がモノと場所を一瞬で見て回るのと多分そんな変わらないスピードで、パーツを一個一個見て回っている気がする。
そんな練習しないでパーツを一瞬で見て回れるのは快挙かもしれないが、コンセプトではパーツではなく、一つのイメージを観て終わるところなので、何とも言い難い気分になる。

では次に対文章式記憶術の光の方。

対文章式記憶術の光

①抽象語に対して強い
②階層構造化
③他の用途で使える

で、悪い方が4つなのに良い方が3つかよー!と思うかもしれないが、思いついたのが3つなので許してほしい。

まず①の抽象語に対して強いというのは、抽象的単語に対していつも安定したイメージの変換ができるという意味。
ボブは理解したイメージで構成しようとしても、抽象的な単語が出てきて、それを理解したイメージの中で表せないとなると、ほぼ必ず対文章式記憶術のパーツを利用してしまう。
なぜなら対文章式記憶術のパーツであれば、抽象的単語さえも表せるからだ。
しかもパーツなので、理解したイメージに紛れ込ませやすい。
そのため理解したイメージだけで構成しようとしても、何だかんだで対文章式記憶術のパーツのイメージを使ってしまう。

②の階層構造化とは、見立てたイメージに名前をつけてそれをまたパーツ化するというようなことをできるのが対文章式記憶術。
ここには必然的に階層構造が生れる。
そうすることで想起しやすくなる。
これだけはコンセプトが的を得た形となっている。

③の他の用途でも使えるは、もうそのまま。
普通の記憶術では使えなかった用途に対文章式記憶術ならできるという場面が多くあることがわかった。
これはボブの記憶術の開発経験上、そう思ったこと。
もしかしたら前提として対文章式記憶術を使用することありきで記憶術を作っている可能性はあるが。。

対文章式記憶術の試行錯誤Ⅸ

対文章式記憶術において最もネックになるのは、パーツ一つ一つが消え去るリスクがあるということ。
ボブの作成時の狙いは、対文章式記憶術のパーツを組み合わせて作った一つのイメージのみが忘却というリスクを全負担するということだった。
でも実際はそんなことなくて、組み合わせたイメージを構成するパーツ一つ一つが全て忘却のリスクを背負っていた。
そのため組み合わせたイメージから一つのパーツが消え去るということがよく起きた。
組み合わせたイメージから一つでもパーツが消えるとどうなるか?というと、組み合わせたイメージが消える。
ようするに全部のパーツが消えてしまい、即座にイメージが思い出せなくなる。

そのための今回の試行錯誤となった。

どうも「見立てる」という行為はまだまだ奥が深いのだな、と今回の件で思った。
どう奥が深いか?というと、今までの「見立て」はパーツのシルエットにフィットするようなイメージを持ってくる、ということをしていた。
だが、今回の「見立て」は、パーツのシルエットを結構無視してイメージの“プロトタイプ”をイメージすることで、パーツ一つでがかいするような状況を避けれることがわかった。
ちなみにプロトタイプとはイメージの典型、つまり即座に連想した最初のイメージのこと。
これは例えば、手鏡という語を観たら、それから即座に連想できるイメージのこと。
今まではパーツを組み合わせてイメージを作り、それが手鏡に似ているってことになったら、プロトタイプのイメージを無視して、その組み合わせたイメージにより近い手鏡のイメージをイメージしていた。
そのため思い出す際にその組み合わせたイメージを思い出せなくなることがしばしばあった。

しかし、今回はプロトタイプのイメージのため、長期記憶からその手鏡を引き出すので、イメージとして安定的で消えることが少なくなった。
これは大きな発見で、「見立て」から「プロトタイプのイメージに見立てる」と名前を変えてもいいぐらいの発見だった。
パーツ一個一個のイメージの形を切り捨てているので、思い出せない状況も生まれるが、それでも覚えてすぐにイメージを忘れることは避けれている気がする。

問題はプロトタイプのイメージだといつも一緒になってしまい、同じようなイメージに「見立て」てしまう可能性が発生するということだろう。

内容の音声化確認時のイメージ化

対文章式記憶術の試行錯誤の一つ。
例えば「記憶術はイメージ化が重要」という文章があったとします。
対文章式記憶術では、ほぼ単語単位でパーツに変換をします。
そうして作り出したパーツを組み合わせて、一つのイメージを作ります。

だがしかし、一つのイメージになったらそれらが元の文章になることが気になりますよね?
ここで一回目のリハーサルをします。
このリハーサルですることは、「記憶術はイメージ化が重要」という文章に戻せるか、を音声化して確認すると思います。

ここでボブはもったいない精神が働きました。
わざわざ音声化までするのであれば、その音声を下支えするイメージ化も伴っている方がいいのではないか?と思いました。
ようするに想起の際のプロセスである
見立てたイメージ→パーツ→内容の音声化
という過程の音声化からさらにイメージを作るといいのではないか?と思った次第です。

つまり
見立てたイメージ→パーツ→内容の音声化→イメージ化
という形です。

この最後のイメージ化は、単語を消えにくくするため、単語を3D化したり色を付けたりする作業が必須です。
もしかしたら理解したイメージをイメージ化してもいいかもしれません。
この復習の際のイメージ化をすることでより記憶しやすくなるのではないだろうか、と思っています。

次世代場所術「立体ノート」

次世代と銘打っているため、これは次世代の場所法だと思います。
場所術としているのは、場所法を超える方法として提示するためです。
ようは「王」を名乗っていたところ、王より上の存在となるために「皇帝」を名乗ったのと同じです。
それにしても場所術は言いにくいですね。
立体ノートは昔からあった構想で、たんにそれが再燃しただけです。

立体ノートを作るのはいいとして、文字はどう立体化するのか?という問題があります。
これは対文章式記憶術で解決するので、立体文字的なものを開発していない方は当然そこから研究開発する必要があります。
さて対文章式記憶術で立体文字の問題を解決するとして、「立体ノート」の方をどうするか?
対文章式記憶術を運用するので、対文章式記憶術の影響をもろに受けた形で立体ノートを開発しています。

まずノートと銘打っているので、縦長の長方形のノートをイメージします。
その上でコマ割を使います。
現在成功しているのは、対文章式記憶術で文章を単語ごとにパーツ化し、それを見立てる。
そしてその見立てたイメージに近い形のコマ割をする。
そうすることで、より内容を思い出しやすい形にしました。
具体的には、パーツを組み合わせて「花」ぽいイメージになったら、コマ割も「花」の形をしたコマの形にします。

ボブはそれを1Pに2個だけコマ割を作って、そこに組み合わせたイメージを絵にして配置しています。

これからの進展
今回は四角い本を使いましたが、これだと内容を思い出しづらいので、丸や三角、多角形などを使った本の形にしたいです。
その上でどこかの形、例えばコマ割に映る絵が置いてある場所などを丸や三角、四角にしてもっと思い出しやすくしようと思います。

つまり本の形を丸、三角、四角、五角形、六角形と3Pごとに規則的に変化させます。
コマ割に映り込む場所も1Pごとに丸、三角、四角、五角形、六角形と規則的に変化させます。
するとこの場合の通り数は5×5で25通りあります。
この25通りの情報で一つのペグみたいに使って、より思い出しやすくするという狙いです。
この25通りに加えて、色も数ページごとに変えれば、それだけより多くの情報が頭の中で分けて検索できるようになります。

この案自体は昔のボブが出しているアイデアのほぼ流用なので、新しい感覚があまりないです。