依存状態から独立状態へ

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依存性と独立性の研究は、かなり前の研究なので、あまり覚えていないのですが、以下のような現象を依存性がある、独立性があるとボブは表現しております。

依存性っていうのは、代表的な例でいうと「対文章式記憶術」が完璧にその例に当てはまります。
どういうことかというと、パーツを組み合わせます。
そして何かに見立てます。
忘れます。
どういうわけか、パーツ一つ残らず、「全部」忘れるのです。
この「全部」忘れるということを、ボブはパーツ一つ一つが互いに依存し合っているため、忘れるのが一緒だというように結論付けて、「依存性がある」と表現するようになりました。

では、それに対して、独立性というのは、の逆の現象です。
例えば万歳をしている人間をイメージしたとしましょう。
これは“ある程度の忘却”であれば、万歳を最初に忘れます。
そして人間だけを思い出せるという状態になります。

このとき重要なのは、万歳は人間に「依存」していますが、人間は万歳から「独立」した情報ということです。
一概にどっちの情報も独立しているとは言えないのが、この依存性と独立性の現象です。

さて、今回ボブが研究するのは、対文章式記憶術の全てのパーツに依存性ではなく、「独立性」を与えることです。
対文章式記憶術でも、全てのパーツが依存性を持ったものになるわけではない場合も、組み合わせ方によってはなるわけです。
でも、そのほとんどのパーツが一斉忘却します。

これを今回はなくしたいと考えました。

明らかに独立性を与える方法は、「一つの位置を与えること」です。
つまりパーツの一個一個を離して、何かしらの場所に置くのです。
そうすれば確実に一斉忘却を防げます。
しかしながら、これだとパーツを組み合わせられません。

ようするに、ボブがしたいのは、
「まとまりの良い」と「まとまりの悪い」という状態の両立を目指すことです。