接触などと言った行為はない

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前のブログで接触という行為は色んな行為に散見される概念なのに、それで干渉を起こす可能性が少ないことを指摘しました。
しかし、このブログでは色々考えた結果、接触なる行為は存在しないと結論付けました。

PAOOでOにOでAするという構造だと、記憶が安定しないということを指摘した人もいました。
これはOにOでAするときに「Oで」の部分が“接触”という選択肢しかないからだとボブは思っていました。

でも、よくよく考えると実際は違うようです。
どう違うかというと、たぶん「Oで」Aするときに、必ずOを“持つ”という選択肢に縛られるからではないか?という仮説を思いつきました。
つまりAというのに備わっている特徴が他の行為と被ることで、干渉が起きるのではないか?ということです。

これを考えると対文章式記憶術におけるパーツ同士の接触もまた、パーツの特徴が同じなのに接触させていることが、他の記憶と被ることで干渉を起こしているとボブは考えました。

これを実証するのは結構簡単です。
対文章式記憶術のパーツに他のパーツと被らないようにした凹凸を作って、組み合わせてみれば、それがわかると思います。
つまりパーツに特徴を付けるということです。
その上で組み合わせてみるということです。

もし仮にこれが上手くいかない場合、接触という行為の存在があり得ますが、たぶんないでしょうねー。

行為による関連付けは究極接触

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行為による関連付けは、究極的には接触だとボブは思います。
ただし、接触という関連付けを多用しているにも関わらず、人間はそれを単一の関連付けの連続だとは思わないのです。
これはなぜか?
これを厳密に分析したいのです。

例えば、こんな状況はどうだろうか?
「ボブがウサギを殴った」と「ボブがウサギを蹴った」という場合です。
これはボブとウサギを連発しているので、その点で干渉する可能性がありますが、行為としては全く別個のものだとボブは認識しています。

でもこれって本当でしょうか?
「殴った」というのは、結局突き詰めれば、ウサギを「触っている=接触」と捉えられます。
それは「蹴った」場合もそうです。
ウサギを結局「触っています=接触」しています。

これにはさっと考えて、二つの仮説を思いつきました。
①「殴る」と「蹴る」だと特徴が違うため、接触で等価だとしても、等価に見えないため
②接触という行為のみ特別で、接触しても問題にならないため

これを色々考えて行こうと思います。

②の接触がそもそも行為としてノーカウントや特別だとすると、対文章式記憶術で組み合わせるということがなかなか説明が難しくなります。
対文章式記憶術では、この接触という行為に依存してしまっているため、上手く行かないのだろうと思っています。

①がどうやら確からしいとボブは思っています。
さらに仮説を付け加えるとしたら、接触という行為は他の特徴と併せても、全く邪魔をしないのではないかと考えています。

対文章式記憶術のアイデンティティークライシス

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まず最近思ったことを述べたいです。
腹減った~とかじゃありませんw。
最近とある方のツイートを見ていて(当然のぞき見)思ったことがありました。
それは普通の記憶術さんでも、対文章式記憶術先生(マッチョ)と同じことできるんじゃないのか?ということを思いました。
すると、普通の記憶術さんでも結構マッチョなんじゃないか?と思えて来ました。

対文章式記憶術先生では、対象→パーツ化→組み合わせる→見立て→名付け→パーツ化という圧縮ルートができます。
対して普通の記憶術さんでは、対象→単語のイメージ化→関連付けなどによる構成→名付け→単語のイメージ化という過程が踏めます。
どちらも圧縮ができるでしょ?

そんなら対文章式記憶術先生は首でもいいのではないか?と先生のアイデンティティークライシスが始まったわけです。
先生の存在はいかに!?
先生は悪くないよ!
悪いのはゼンッッブっ俺だ!!
俺なんだよー!!!(叫び

という感じになりました。。

何が悪かったのか?ということを考えていて、思ったのが「理解したイメージ」というのを相変わらず取り入れられないことが諸悪の根源!と思いました。

そんで色々いじくってたら、どうやら以下のことがわかりました。
①はどこかに書き、うんこのように垂れ流しましたが、
①理解しやすいイメージには“特徴”が備わっている
②理解しやすいイメージと言えど瞬時に、しかも勝手に関連付けされている
ということを考えました。
しかも①と②の結果をボブのチビ脳みそでまとめると以下のようなことを考えました。
ある条件がそろうと、型にはまるように一見で理解できるイメージになるのではないか、と。

このことから、始めはパーツのイメージをどう普通の記憶術さんのイメージに近づけるか?ということを考えていました。
が、しかし反対に普通の記憶術さんのイメージをどうパーツのイメージに近づけるのか?を考えても同じではないのか?とも思いました。
最終的には両方からの猛アタック!でいいと考えました。
つまりパーツのイメージと普通の記憶術さんのイメージの折衷です!

たぶんこれで解決やー!

追記
そもそも何で対文章式記憶術先生を存命させるか?
理由は以下です。
(コストをここまでかけたら撤退なんてあり得ない!と心の声がww)
場所をあまり浪費しないから
意味の探索範囲が普通の記憶術さんより狭いから
高速化の可能性から
無理やり再生できる可能性があるから
何であるかが空白のため連想しやすいものにできるから
個のイメージに対して名付けを行えるので、記憶として安定しているから

民法理解術(工事進めルー!)

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抽象的な言い方しまーす!
大改定があり得るので、話半分に聞いててください。

前提:バラバラな情報がある
前提:全ての情報を可視化する
前提:全ての工程で複数の情報でもOK
①整理するためにそのバラバラの情報の要素を抜き出す
②その要素を使って整理する
③その整理しているときに過不足が出た場合、過なら要素を仮定、不足なら情報を仮定する
④整理した情報で状況を設定するor抽象的なことなら情報を構成する
⑤対比する情報AとBを設定
⑥共通点と相違点を見つける
⑦相違点を見て「なぜ」そこが違うのかを問う
⑧仮説的解答をする
⑨情報を収集する(観察、観測、内観、メタ認知などによって)
⑩仮説的解答を批判してみる
⑪批判できないと考えたら理解完了

と、いう感じで工程を書きましたが、全然まだ検証していませんので、検証を待たれよ!

民法理解術(工事中)

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はい!
ボブでーす!
今日は民法に見れられる理解術を途中なんですが、少し述べたいと思います。

そもそも巷で言われている「理解」とは何ぞや、と思います。
理解すると覚えなくてもいい!や理解すれば覚えておく情報は少なくなる!と言ったことが言われています。
つまり具体的個々の事例というのが存在していて、それを抽象化することで、情報量がぐっと少なくなる。
だ、か、ら覚えておく情報は少ないのだ!と言った論調をされる方もいます。

でもね。。。
これって本当ですか?
とボブはなる訳です。
なぜならボブの苦闘の歴史はまさに情報数保存則とのバトルだったからです。
つまり多数ある具体的事例が、少ない抽象的な情報にただただ置き換わるんだったら、対文章式記憶術は要らんのじゃあー!!!!

では、彼らの言う理解すれば、覚えなくていいや覚える量が少なくなるという言葉は一体全体どこからくるのか?

それは簡単に言えばボブは“連想”から来ていると思っています。
つまり連想で繋がった情報というのは、覚えなくても連想し続けるだけで引き出せる。
だから覚えなくてもいい!というのがボブの出した結論です。

で、こっからはどう連想に繋げるのか?を解説します。
TAC出版『行政書士の教科書』の第2編の民法PP.275~284までを使って、ボブなりの理解をしてみました。
まずボブがしたことは、
名前は覚えない!
構造を覚える!
です。
片務契約や双務契約なんか書かれていますが、一方的にボコられるか、それともケンカしているかの違い、なんて感じで構造だけ覚えやすい形で覚えます。

で、あとは「対比してみて、何に“着目”したら個々の事例の“区別”が付くのか?」という視点で情報を見ます。
その次に、
なぜこの提示順序になっているのか?
なぜこの情報はここに置かれたのか?
を考えます。

具体的には
特定物債権と種類債権と選択債権という順に説明されていますが、ここで何に着目したら、この個々の事例を思い出せるのかな~?ということを考えます。
ボブの場合それは物の“数”でした。
特定物債権の場合、物の数は1個です。
選択債権の場合、物の数は2個以上です。
種類債権の場合、物の数は無限です。

ボブがここでイメージしたイメージは、ホップ、ステップ、ジャンプ!でジャンプで空を飛んでしまう姿です。
こう覚えると個々の事例も思い出せます。

そして特定物債権と種類債権には共通する点があります。
それは品質、管理、移転時期です。
このままでは覚えなければなりません。
そこで共通点を考えます。
ボブの場合、こうなりました。
「工場」に相違ない!
つまり
「品質のいいものを“生産”」
「そしてそれを“倉庫”に管理」
「その後、それを“出荷”して移転」

このように共通点を導き出し、連想しやすいイメージにします。
思い出すときは、
工場や!
連想しまくれ!
生産ラインや!
倉庫が必要!
出荷しないと!
というように思い出します。

このように他人が付けた名前とかをとりあえず無視して、自分で名前をつけ、パッケージ化できるようにします。
パッケージ化というのは、セットで覚えている無数の記憶のことです。
例えば工場だったら、製品があり、生産ラインがあり、倉庫があり、トラックで出荷しているなどがあります。
このセットで覚えていることを使うのが、ボブの理解術の要点です!

ちなみに提示順序がなぜ特定物債権、選択債権、種類債権になっていないのか?ということを考えた場合、それは選択債権だけ工場が使えないからではないでしょうか?

大容量な場所

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ボブは研究していて、場所というのは「単純構造を頭の中に再現した後で装飾している」のではないか。
そして特徴的な部分が大量だから思い出しやすさに繋がっているのではないか、と考えました。

これは逆に言えば、複雑な構造をした場所で、かつ特徴的な部分が全くない場所をイメージすれば、思い出しにくいと考えました。

それでは、これはどうなったでしょうか?
実際にやると場所の複雑さが結局特徴になってしまい、完全に特徴的な部分が全くない場所というのは作れませんでした。
つまり場所の複雑さと特徴の多さというのはトレードオフの関係で、どっちかを立てると、片方が立たなくなりました。

さて、この研究からボブはあることを思いつきました。
それは一つの場所に大量の情報を詰め込むことができるのではないか、ということです。
つまり場所を変形させて、特徴を量産することで、置ける箇所を多くできるのではないか、と思ったわけです。

これが出来そうと考えるわけは、前ブログで紹介したラフスケッチのような場所を作る技術です。
これには明確な壁もないので、壁を切り抜いたり、へこませたりがし放題です。
これを使うことで上手く行くのではないでしょうか。

記憶術学基礎論(研究フレームワーク)

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研究フレームワーク以下です。
展開情報/疑問/観察/(疑問)/仮説/検証/批判的思考
という感じです。
基本的に左から右へ進んで行く形です。

展開情報は基本的にテーマを決めるか、決めないか考える必要がありますが、全くテーマすら思いつかない場合は、テーマなしで自由連想する箇所です。
当然テーマが思いつく場合は、テーマに沿った連想をする箇所です。
疑問は単純に前箇所である連想した情報を使って、疑問を作る箇所です。
どう作るかはボブの場合は、連想であったり、展開情報のワードを組み合わせたりしています。
観察は疑問に対して実際どうなっているのか?ということを観察します。
普通のことであったり、奇妙なことであったりを書き連ねていく箇所です。
(疑問)は観察から受けたことを使って疑問を作る箇所です。
なぜ括弧がついているかというと、この疑問を飛ばして次の仮説に行くことがあるからです。
つまり使わない場合があるからです。
その際は別に使わなくても構いません。
そして仮説は観察や疑問や批判的思考など(なぜここで出てくるかは後述)を受けて、仮説を立てる箇所になっています。
ここはセンスと経験だと思っているので、どうしたらいいのかサッパリです。
検証は仮説で立てたことを検証してみる箇所です。
そして最後に検証を受けて、批判的に思考してみる箇所です。
どこどこの検証の仕方が悪いとか、この考えではどうかとかです。

注意としましては一番多かったパターンが、展開情報→疑問→観察→仮説→検証→批判的思考→疑問→仮説→検証→批判的思考→疑問・・・
というように疑問から批判的思考のプロセスが順繰りするパターンが一番多かったです。
また、別に飛ぶ箇所が出ても全然いいと思います。
例えば観察を飛ばすとかありだと思います。

記憶術学基礎論(フレームワーク)

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はじめに、全く思考できないときがあると思う。
そんなときは取っ掛かりがないから思考できないとボブは考えた。
株式会社アンド『ビジネスフレームワーク図鑑』という本には、フレームワークを使うことで、思考を促す、みたいなことが書いてあった。
それを考えると何かしらのその思考対象にあったフレームワークを作り出せれば、かなり速く思考が進むのではないか、と考えた。

フレームワークの主な情報は、構造とそれに伴う分析した概念や要素で情報を整理しようとしているとボブは仮説った。
もし仮にこの仮説があっていれば、フレームワークを量産できることになる第一歩となるだろう。

でも、その分析した要素すら思いつかないことがあるだろう。
そこで登場していただくのは、思いついたことを自由に書いていくだけという方法と、あるテーマに関して思いつくことを書いていくという方法だ。
この方法の違いは、テーマを設定しているか、いないかという単純な違いだ。

この方法で生産するのは、まず簡単な単語単位の情報で、次にできれば文単位の情報だろう。
それを使って文章にして仮説を立てたり、フレームワークの分析した要素に使ったりしてみる。
当然違ったら、他の単語にして仮説を立てたり、フレームワークの要素にしたりすることになる。

鬼場所法・・・

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鬼場所法
ラフスケッチ線を何本か書く
材質と模様の異なる3つのイメージ
対文章式記憶術のパーツ

現在はこんなところです。
えっ?
わからない。
わからなくていいです( ´艸`)

でもせっかくみてくれたので、解説します。

鬼場所法というのは、鬼滅の刃が流行っているので、仮の名前として。。。
えっ?
別にそんなのどうでもいい?

分かりました。

ドドンと言いましょう!
アイデアは簡単です。
ラフな線と別のラフな線を併せることによって、場所のラフスケッチを作り出そう!ということをしたいのです。
当然このとき一つのラフな線は、上述のパーツの情報と3つのイメージを持っています。

3つのイメージは、他の場所と繋げるときに使います。

あと何があったら場所法にとってうれしいのだろうか?

記憶術学基礎論(クリティカルシンキング)

今日メンタリストダイゴさんの動画を見て、そう言えばそんな思考法があったなーと思い、それを参考にさせてもらいました。
ただし、記憶術を開発するなら、あまりクリティカルシンキングはいらないかもしれません。
なぜなら有効かどうかは実験すればいいので、アイデアが湧きまくる人ならか片っ端から試せばいいという裏技があります。
ただし、相当労力がいるのは確かです。

それを踏まえた上で、ダイゴさんの説明を聞きながら、使えそうな思考法を考えました。
それが以下です。

背理的思考
それが本当かどうかを本当だと主張するものには、嘘だとしたらと、嘘だと主張するものには本当だとしたら、ということを仮定する思考法。

仮定的思考
それがもし~であったらとか、もし~でなかったらとかを思考する方法。
ようは背理的思考の拡張版。

場合分け的思考
AのときはXであり、それがBのときはYであると言った数学でよく出てきそうな思考法。